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すっかり若い衆のリーダーとなっている景明君ですが、
元々体の強く無かった彼は病床に伏してしまいます。
父を越えようとして頑張りすぎたのでしょうねえ。
直江家はついに跡取りを失ってしまいました。
三人の子供に先立たれてしまったお船殿は流石に落ち込んで、兼続にも慰めようがありません。
久秀君も息子を先の戦で亡くしたんですね。
越後に残した次三男を呼び戻す気は無いようですので、泉沢の家名も直江家同様に絶えるようです。

一方、死の床にある家康は兼続を呼び出します。
危険を察した政宗からは忠告されますが。
家康はいきなり直江状の恨みをつらつらと並べます。
政宗と二人、息子秀忠の指南役として徳川に尽くすようにと言い置きます。
政宗の勇猛さと疑り深さ(かなり皮肉たっぷりですが)を、そして兼続には愛と義を秀忠に伝えてくれと言われ、
志は伝えられないとひねった答えを返します。

落ちこんでいるお船を必死に慰めようとする景勝ですが、なかなか上手くいきません。
そう言えば初恋の相手でしたっけ。

流石の家康も、息子に疎まれて気が弱くなったようです。
新将軍の父代わりに、というのは実の息子を亡くしたばかりの兼続にとっては
嬉しい言葉だったでしょう。
お船の方も、息子を失った心の空白を埋める為に江戸の玉丸君の世話をしたいと願い出ます。

若い者にせがまれて戦国の思い出話をする事となった兼続。
要は回想シーンですね。
関ヶ原随一の名将はと問われ、兼続の答えは三成。
徳川家の若い衆からは当然に反発が来ますが、兼続は共の名誉の為に敢然とその弁護に当たります。
秀忠は政宗に連れられてこの様子を影から眺め感激しています。

そしてまさかの初音さん。
もう随分とお年の筈ですが、南蛮船に乗って日本を離れるらしいです。

隠居を決めた兼続は江戸からお船を連れ出して懐かしき越後への熟年旅行としけ込みます。
時代的にはあり得ない話ですけどね。
まずはお母上の墓参り。は良いとして山登りは流石にきついのでは。

直江家は跡取りも居ないから家禄返上、で片が付きますが、上杉家の方はまだ跡継ぎも幼いしお船の方はまだまだお役ご免とはいきません。
謙信公の落ち着き先も決まりました。
(本当の毘沙門堂は本当はあんな岩屋じゃありませんけどね)

それにしても死に方が父上と一緒ですね。
まさしく燃え尽きた生涯でした。

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