明らかに本筋から外れているので敢えて指摘しませんでしたが、
二度目の遭難については、わざと別行動を取ったのではないでしょうか。
はぐれた頼朝が身を潜めたのは近江浅井。そして父義朝が討たれたのは尾張です。
これが単純な遭難で有れば、頼朝は死んでいてもおかしくありません。幼い頼朝には雪中行軍は無理と判断されたのでしょう。
実際、頼朝は雪が溶けてから義朝の後を追って尾張へ向かっています。
前にも言いましたが、頼朝単独で有ればその場で殺される可能性は低いです。父や兄が生きていれば人質として、死んでいれば将来は知らず当座は無害な存在です。
頼朝にチャンスが巡ってきたのは平家政権内部の抗争のおかげです。
殺すチャンスが有ったときには理由が無く、理由が出来たときには既にチャンスは喪われていました。
その意味で頼朝は幸運だったと言えましょう。
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