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改めて某所での頼朝についてのやり取りについて考察します。

スレ主C氏の主題は頼朝の「政治的天才」の否定にありました。
そこで彼が提示した論拠は大きく三つ。
第一が平治の乱に於ける敗走中、頼朝が馬上で居眠りして父達からはぐれてしまったこと。
第二が流人時代、監視役の娘に手を出して殺され掛けた事例。後に正室となった政子の例は有名ですが、それ以前にも別の女性を孕ませて命からがら逃げ出しています。それを匿ったのが北条時政でした。
第三が頼朝傀儡説です。

三番目は置くとして、前の二つは目的に対して有効とは思えません。
平治の乱の時は頼朝はまだ12歳。責任を問うには幼すぎるし、責任があるとすれば父の義朝にこそ帰するべきでしょう。それに、これは頼朝の軍事能力の不足の傍証にはなっても、政治能力とは関係有りません。
女性問題については、「英雄色を好む」と言われるようにむしろ英雄的なイメージを与えます。それに、二番目のケース(つまり北条家)については北条家を味方に引き入れた成功例ではないでしょうか。

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