「八つ墓村」と「夜歩く」を再読。
該当する23年の頁を手直ししました。
夜歩く・八つ墓村この二件が連続していると言う点は一致しているのです、何年かとなると恐らく意見が分かれます。
「八つ墓村」だけを読むと「終戦の年から…足かけ四年か」とあって二十四年と読めるのだけど…。
(先日見た再読のきっかけとなった映画だと24年と成っていましたね)
「夜歩く」の事件当時、屋代・仙石は三十五歳。二人は寅年(大正二年)生まれなので数えだと昭和二十二年になってしまうが、これはあり得ない。
この事件の前に位置すると言う「悪魔が来たりて笛を吹く」事件が二十二年と明記されているので、翌年の二十三年とするのが妥当と思われます。
(つまり記述者の屋代は満年齢を用いているようです)
「人面瘡」にある東京と岡山の二つの事件は(多少ぼかして書いているが)この二件と解釈しています。
詳細はメインの年表でご確認下さい。
「夜歩く」はアクロイドもどき、と書けばミステリーマニアには説明は不要でしょう。
三文探偵小説家である屋代寅太が呼ばれたのは、要するに八千代が共犯者だからですね。
屋代は古神・仙石両家と一見無関係である故に捜査陣から局外者として見られ容疑者から外れていた訳ですが、金田一耕助が最初から関与していればこの事件はほとんど速攻で解決していたでしょう。
(実際に金田一が登場してからは急転直下ですね)
登場人物は、依頼人の仙石鉄之進氏以外誰も金田一(の実績)を知らなかった訳で、彼の知名度はまだまだ知る人ぞ知るというレベルだったのでしょう。
ただ、仮にも探偵小説家を名乗る屋代寅太が彼を知らなかったのは致命的でした。
そして知名度では横溝作品でも一・二を争う「八つ墓村」です。
金田一本人は「いいところは少しもなかった」と謙遜していますが、彼が居なければ少なくとも主人公寺田辰弥は生き残れなかった可能性が高かったと思われます。
再読して考えたのは森美也子は本当に夫を殺したのか、と言うこと。
夫を殺してその財産で悠々自適な未亡人、と金がない男に財産を相続させて結婚を申し込ませようとする悪女、というのがいまいち繋がらないんです。
前者は(殺人という)手段と結果がダイレクトなのに対して、後者は確実性が無さ過ぎる。
本当に病死だった可能性も有りますし、あるいは日本の敗戦を予感しての自殺だったのかも。
(これが山田風太郎だったら、慎太郎が美也子に殺意を吹き込んで一人勝ちしたとか言うオチになりそうなんですが)
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