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安倍首相には確かに運があった。それがなかった彼の父は総理の椅子に座る前に亡くなってしまった。
しかし運から与えられるのは機会だけである。
では機会を生かすだけの力量がなかったのか。彼が短期間に為した業績は決して小さくない。
彼の悲劇は時代性のわずかなずれに合ったのだと思う。

彼の目指した政策は、国民の国家に対する信頼無くして成り立たない。しかし彼の政権下で起こった様々な事件はそれを裏切るモノであった。
それは「政治と金」の問題ではない。致命傷だったのは「消えた年金問題」である。
これは国家に対する国民の疑念を否が応でも煽ってしまった。
国家が国民に対して保護義務を怠っているのに、誰が国家のためにより大きな奉仕を
望むだろうか。

経験不足も含めて、彼は登場が早過ぎたのである。
しかし、彼を引きずり足したのが前政権下での彼の過剰な人気であったことを忘れては成らない。
民主制国家において、政治家の質は国民の質によって規定されるのだから。

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あの共産党が遂に全書選挙区への候補者擁立を断念。
表向きは比例選を重視すると言う事ですが、これは野党共闘の最終局面と言う事になります。
共産党の票が野党統一候補へ流れれば、単純計算で与党候補を上回る選挙区も出るでしょう。
しかし、今まで野党に入れていた人間で、共産党だけは御免だと言って与党へ流れる可能性も有りそうです。
候補者の一本化もさほど簡単では無いでしょうし、次の総選挙まで間に合うのでしょうか。
まあ、体制が整っていないのは与党側も同様でしょうけど。

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無様にも原さんの娘に見つかった勘助君ですが、結果オーライで油川夫人に面会出来ました。
この姫様もかなり変わっていますが、ひとまず釘を差す事には成功した様です。しかし、口止めの方は成功しているのでしょうか。特に原さんのお嬢さんの方は…。

女の戦いが一段落して、勘助は今川との新たな絆について献策します。
それは今川の姫を太郎君の正室に迎えるというモノ。
今川と戦う際にはその絆が問題に成りはしないかと心配する晴信。
話を持ちかけられた今川の方でも同様の疑念を持ったようですが、雪斎はこれを今川に有利な条件と評します。
但し、諏訪の四郎君が竹田の家督を継がぬ事が条件。その影には当然勘助の存在が有る訳で、駒井君は咄嗟にその疑念を誤魔化します。

今川との婚礼を勘助に聞いた小山田は、側室美瑠姫に対する疑念を漏らします。
どうやら美瑠姫の生んだ子は月足らず。つまり、小山田が手に入れる前に既に孕んでいた可能性もあるらしい。
そしてその子が無くなった途端に美瑠姫は小山田の寝首をかく事に成りました。
この子が生きていたら、この悲劇は無かったのでしょう。
彼の死は討死として処理される事と成りました。

そして、勘助は大井夫人との初対面を果たします。
さて、夫人は勘助に何を言うのでしょうか?

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士農工商というのは江戸時代の身分制度の事だが、元は儒教の思想から来ている。
ここで言う士とは士大夫のことで、本来は科挙に受かった学問エリートであって生まれた階級は考慮されない。
それが同じ儒教国家である朝鮮や日本では歪んで運用された。
朝鮮王国では受験に生まれによる制限が設けられ、日本=江戸幕府では試験そのものが行われなかった。
日本では儒教の影響が小さかったが、それもその本質である官尊民卑は強く残った。

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