地中海文明はアレキサンダー大王によって統合されるが、後継者戦争を経てその全域を統合した帝国は存在しない。
一方の中華文明は担い手こそ代われども、帝国としての統一性を維持し続けてきた。その最大の危機は一連の征服王朝期、その最後にして最大のモノであるモンゴルの侵攻であろう。
モンゴル帝国は、アレキサンダー大王の征服行がそうであった様に、東西の二つの文明を一つに結びつける可能性を持っていた。だが、大陸は単一の国家として成立するには広すぎた。そして大陸全土を支配するにはモンゴル人の絶対数が足りなかった。
東西に散ったモンゴル人はその地方の文化に同化してしまい、独自の新たな文明を生み出すまでには至らなかった。
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