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頼朝と義経は異母兄弟だった。
この当時は出産や養育は実家で行う物だったので、同母兄弟は親密だが異母兄弟は父の後継者を巡ってむしろライバル関係に成る方が多い。
この両者も父義朝が存命で有れば手を取り合って戦う事が無かったかも知れない。
頼朝は三男であるが、母親の血統が良かったために嫡男として扱われていたと言う説もある。兄二人の生母を考えると有りそうな話ではあるが、話が煩雑になるので深くは追及しない。
頼朝と義経は平家打倒では力を合わせたが、義経にはその後の展望が全くなかった。また軍事の天才とされるが、その武功は大軍を率いての物ではなく、常に搦手の奇襲戦ばかりであった。
義経は明らかに後白河院による離間策の犠牲者であるが、それが無くとも自滅していただろう。

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時代が動くとき、対となる英雄が現れる事がある。
途中までは同じ方向へ進むのだが、共通の目的が遂げられると、当然のように両者は対立する事になる。

例えば、平家を滅ぼすまでの頼朝と義経兄弟。足利幕府をうち立てるまでの尊氏と直義。徳川幕府を倒すまでの大久保と西郷。

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価値観の古い、頭の固い人間を揶揄して「生きた化石」と言う事がある。
しかしこれは必ずしも悪い表現でもない。
本来の生きた化石とは地質時代からその形態を変化させずに続いてきた種であり、
様々な危機を乗り切ってきた、いわば生物として完成した姿といえる。

そんな人間に成ってみたいかと言われると、微妙ではあるが。

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hpの企画、と言うか戦国史のシナリオ作りで、ヴィクトリア時代の世界情勢について色々と調べて居るのだが、
その過程で西欧列強の植民地の統治政策の違いについて考えてみた。

まずスペインの融合政策。現地人と混血を繰り返し、結果として支配階層と被支配階層との境界が曖昧に成ってしまい独立戦争の連鎖を招いた。
次ぎにフランスの同化政策。文化的な現地民に本国の方式を持ち込んで、それを受け入れた人々には本国並みの待遇を与えた。但し、すべての植民地にそれが浸透する前に植民地帝国は崩壊してしまった。
そしてイギリスの分割統治。現地民から協力者を募り、彼らを介して間接的な統治に終始した。それが上手く行きすぎて植民地帝国の解体に際して現地民同士の抗争という問題が発生する事になる。
これら三通りの手法はいずれもローマ帝国の手法に基因する。
最初期の都市国家レベルの時には、とにかく人口を増やすために近隣の民族との婚姻政策を行い、次ぎにローマの法体系を同盟国へ伝播し、最後にはその軍事力を背景に近隣諸国を分断し帝国に従属させた。

異民族を支配した事も、支配された事もない日本人には植民地帝国は荷が重かったと言える。

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国家というのは必要悪である。
そこに属する事で利益が生じるからこそ愛国心を持ち得るのである。
よって国家を愛さない人間とは、
国家の価値が理解出来ない愚か者か、
国家の庇護を必要としない強者か、
別に庇護者を持つ裏切り者である。

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